横浜地方裁判所 昭和42年(ワ)219号 判決 1968年10月15日
原告 山本トシ
<ほか五名>
右六名訴訟代理人弁護士 前田知克
同 福岡清
右訴訟復代理人弁護士 水田博敏
同 関栄一
同 播磨源二
被告 日信電気工事株式会社
右代表者代表取締役 並木裕
被告 今野公雄
右二名訴訟代理人弁護士 田中登
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
原告ら訴訟代理人は、「被告らは各自、原告山本トシ(原告トシという)に対し金四二五、六八三円、同山本勝義(原告勝義という)、同小場博子(原告博子という、同小宮山政代(原告政代という)、同中野一郎(原告一郎という)、同渋谷明枝(原告明枝という)に対し、各金五〇〇、〇〇〇円及び昭和四二年二月二五日から完済に至るまで、夫々の金員につき年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、請求原因を次のとおり、述べた。
一、原告トシは訴外亡山本金蔵(金蔵という)の妻であり、原告勝義、同博子、同政代、同明枝、同一郎はいずれもその子である。
二、金蔵は、昭和四一年一〇月一六日午前一一時一五分頃、相模原市大沼二、一三四番地国道一六号線上を自転車で進行し、センターライン上で右折している途中、背後より被告今野公雄(被告今野という)運転小型トラック(埼四み九六八一号、加害車という)に衝突され、そのまま道路右端まで押されて行って転倒し、頭部骨折脳挫傷により相模原市淵野辺病院に入院し、同月一〇月二一日午前七時三四分同病院で死亡した。
三、被告今野は、被告日信電気工事株式会社(被告会社という)の従業員として、被告会社の業務に従事中、本件交通事故を惹起したものであり、被告会社は加害車の運行供用者であった。
四、本件道路は、平坦かつ新らしいアスファルト舗装がしてあり、晴天で路面は乾燥していた。
被告今野は、本件道路において、加害車の制動操作をしてから停止するまで約二五米を要したから、加害車は少くとも時速七〇乃至七五粁の速度を出していたことが推測できる。
しかして、自動車運転者たる者は、前方を注視し、道路中央上に右折しようとしている自転車を発見した場合には、直ちにこれを避けるべき注意義務があるのに、前方注視を怠ったため金蔵の発見がおくれ、急いでハンドルを右に切って避けようとしたが、前記高速のため避けることができず金蔵と衝突した。よって、被告今野の過失は明白である。
仮に、被告らの主張するように加害車の速力を時速六〇粁と仮定しても、被告今野は追越に安全な間隔を保っていなかった過失がある。
被告今野は、金蔵を二三米余前方で発見したのであるから、一・四秒弱でこれを追越したはずである。加えるに金蔵は右の発見された地点から四米余りを直進しているから、自転車の速度を毎時一五粁とするとその直進には一秒余りを要する。よって、被告今野が追越しに安全な間隔を保っている限り、衝突接触の可能性はまず存在しないからである。
五、原告らの損害は次のとおりである。
(一) 原告トシが支出した治療代、葬儀費、雑費は別表(一)のとおり合計金三四五、〇八七円である。
(二) 金蔵の得べかりし利益の喪失金五八〇、五九六円、金蔵は、畑五三〇九平方米を所有し耕作していた。相模原市の昭和四〇年度産業所得標準によれば、九九一・七三平方米(一反)当りの利益は年間金二三、五〇〇円であるから、この割合で計算すると金蔵の年間所得は金一二五、八〇一円である。
金蔵は死亡当時六九才であった。厚生大臣官房統計調査部の第一〇回生命表によると、六九才の男子の生存年数は九年余である。金蔵は特にがん健な身体の持主であったから、農業に従事し得る年令を七五才までとすると、それまでに得べかりし利益は合計金七五四、八〇六円となる。(この計算根拠は、納税申告用の数字であって実際はもっと多額の収入があった。けだし食糧の大部分は自給であるうえ、これだけの収入では生活できる筈がない。従って、特にこの金額から生活費を差引く必要はない。)よって、ホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除し、一時払額に換算すると金五八〇、五九六円となる。
右は、原告トシにおいてその三分の一、その他の原告において各一五分の二づつこれを相続した。
(三) 原告らの慰藉料
金蔵は、性格温健で、周囲の者に好かれ、原告博子、同政代、同明枝の夫らも息子同様に金蔵の家に出入し、金蔵は畑の作物を子供らの家庭に配達してやっていた。又春秋の収穫時には、息子、娘夫婦も総出で手伝い、又平常でも休日には金蔵の家に集り団らんの時を過していた。このような家庭を共につくって来た妻原告トシにとっても、又その子らである原告らにとっても、金蔵の突然の悲惨な死は大きな衝撃と悲しみを与えた。ところが、被告らは一向慰藉につとめようともせず何回催促しても治療代、葬式代の支払もしようとしない。よって、原告トシに対しては金一、〇〇〇、〇〇〇円その他の原告らに対しては、夫々金五〇〇、〇〇〇円づつ、合計金三、五〇〇、〇〇〇円の慰藉料が支払わるべきである。
(四) 以上の損害に対し、自動車損害賠償保障法(自賠法という)により金一、五〇〇、〇〇〇円の保険給付を受けたので、これを前記諸費用と、得べかりし利益の喪失補填に充当した残額金五七四、三一七円を原告トシに対する前記慰藉料金一、〇〇〇、〇〇〇円の一部に充当する。
六、よって、被告会社は自賠法第三条の運行供用者として、被告今野は民法第七〇九条の不法行為者として、前記損害を賠償すべき義務があるから、被告らは各自、原告トシに対し金四二五、六八三円、その他の原告らに対し夫々金五〇〇、〇〇〇円づつ、及び本件訴状送達の翌日である昭和四二年三月一四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及ぶものである。
立証≪省略≫
被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決ならびに被告ら敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、原告ら主張の請求原因事実中、一、の事実は認める、二、の事実中原告ら主張の日時場所において金蔵が被告今野の運転する加害車と衝突して負傷し、死亡するに至った事実は認めるが、交通事故の状況は争う、三、は認めるが四、は争う、五、の事実中強制保険より金一、五〇〇、〇〇〇円が原告らに支払われた事実は認めるが、その余は不知、六、は争う。
一、本件交通事故の状況は次のとおりである。
(一) 本件事故現場は、横浜市と八王子市を結ぶ国道一六号線上であり、事故地点は巾員九米のアスファルト舗装の直線路である。被告今野は八王子市方面から大和市方面に向い加害車を運転し、先行する大型貨物自動車に約三〇米の距離をおいて追従、時速約六〇粁で進行していた。事故地点附近において、右大型自動車が金蔵の自転車を追い抜いたため、被告今野は、今まで右大型自動車のかげで見えなかった金蔵の自転車を発見できた。同所には交差点がなく、又道路進行方向右側は草地であったから、まさか金蔵が右折するとは予想していなかった。ところが、突然金蔵は、右折の合図はおろか後方への安全をも確認しないまま、道路中央へ加害車の進路の前方を斜めに横切るような形で進出して来たため、危険を感じ、急ブレーキをかけ右にハンドルを切ったが間に合わず、センターラインを約〇・八米超えた地点で加害車左前部角附近を金蔵の自転車の右側面に衝突させたものである。
(二) およそ車輛は、他の車輛の正常な交通を妨害するおそれがあるときは道路を横断してはならない。まして、本件現場のような県下でも有数の交通頻繁な道路を横断する場合には、右折の合図をし、かつ、後方の安全を確認して右折を開始すべき注意義務があるのにこれを怠り、横断を開始したものであるから、金蔵の過失は明白である。
(三) 加害車のスリップ痕を見るに、最初約三米ほどでは道路に平行して直線状であり、それから右側にゆるやかなカーブの状態を描いている。このことは、被告今野が危険を感じブレーキをかけたときは、直ちにハンドルを右に切らねばならない程金蔵は道路中央へ出ていなかったことを示すものであり、それから金蔵が意外にもそのまま道路中央部へ右横断を続けたため、急ブレーキを踏んだまま右にハンドルを切らざるを得なかったことを推測させるものである。
すると、被告今野が、前方不注視のあまり、既に道路中央部に進出していた金蔵を発見するのが遅れたとする原告の主張は理由がなく、むしろ前記のとおり被告今野としては金蔵の横断を注視していたことが明白である。
(四) 被告今野としては、一団の自動車の流れに従い先行する大型貨物自動車と約三〇米の車間距離を保って同速度で正常の運転を継続していたものであるから、金蔵のように突然横断を開始する無謀な自転車のあり得ることまで予想し、これとの衝突を未然に防止する義務はないものと解する。
(五) 原告らは、加害車の速度を時速七〇乃至七五粁と主張する。本件道路が新しいアスファルトで舗装せられていることも、制動距離が約二五米であるということも確証がない。そのうえ、制動距離が約二五米をもって時速七〇乃至七五粁とする科学的根拠は何もない。むしろ一般に使用されている制動距離表からすれば時速約五〇粁である。
(六) 以上、いずれの点からするも、被告今野には何等の過失を認めることができないので不法行為者としての責任を負う理由がない。よって、被告会社にも自賠法第三条の責任はない。
二、仮に被告今野に一端の責任があるとしても、金蔵には前項二に記載した重大な過失があり、少なくとも五割以上の過失相殺が相当である。しかして、被告らは、入院中の治療費として金二六四、七三四円、自賠責保険金として金一、五〇〇、〇〇〇円合計金一、七六四、七三四円をすでに支払った。原告らの主張する損害額は過大であるので、適正にして相当因果関係の損害額を計算すると、別表(二)のとおり合計金二、六七六、一七三円となる。
金蔵が全く無過失であるとすれば、被告らは、右金二、六七六、一七三円から前記弁済額金一、七六四、七三四円を差引いた残額金九一一、四三九円を支払わなければならないが、右のとおり過失相殺を五割としても損害総額は金一、三三八、〇八七円(円未満四捨五入)となり前記弁済額を下廻るもので、既に被告らにおいて支払うべき債務は残存しない。
以上の次第であるから、仮に被告今野に若干の過失があり、被告らが責任を負うべきものとしても、その責任は履行済である。
立証≪省略≫
理由
一、昭和四一年一〇月一六日午前一一時一五分頃、相模原市大沼二、一三四番地国道一六号線上において、自転車に乗車していた金蔵が被告今野の運転する加害車と衝突して負傷し死亡するに至ったことは当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実を認めることができる。
本件交通事故の現場は、横浜市と八王市を結ぶ国道一六号線(巾員九米のアスファルト舗装)上で、直線路で見通しのよいところである。
被告今野は積荷六〇瓩の加害車を運転して、八王子市方面から大和市方面に進行していた。被告今野は右事故現場から二粁位八王子市寄りの地点から、幌付きの大型貨物自動車に約三〇米の車間距離を置いて、時速約六〇粁の速力で追従していたが、事故現場附近で、右大型自動車が同方向に進行中の金蔵の自転車を追い抜いたため、今まで右大型自動車のかけで見えなかった同自転車を発見した。同所には交差点がなく、又進行方向右側は草地であったので、まさか金蔵が右折するとは予想していなかった。ところが、被告今野が金蔵を発見してからほんの一秒余を経過し、金蔵と加害車との距離が一六米に接近したとき、突然金蔵はUターンでも企てたのか、右折の合図も、後方の確認もしないまま、道路進行方向左から道路中央へ、加害車の前方を斜めに横切るように進出したため、急ブレーキをかけ右にハンドルを切ったが間に合わず、センターラインを約〇・八米超えた地点で加害車左前部角附近を金蔵の自転車の右側面に衝突させた。そして、そのまま道路右端まで押して行って金蔵を転倒させ、加害車の左側車輪のスリップ痕一五米四〇、右側車輪のスリップ痕二三米を残して停止したものである。≪証拠判断省略≫
三、被告今野には、金蔵を発見すると同時に右折を予測し、これに備えた車間距離を保って運転しなければならないという義務は認められないし、又金蔵は、加害車の制動距離内で突然右折を開始したこと、右認定事実から明白であるから、被告今野に衝突を回避すべく期待するのは不可能を強いることとなるので過失責任を負わすことはできない。
従って、原告らの前方不注視の主張も、追越を前提とする予備的主張も理由がないから、本件交通事故は金蔵の後方を確認しないで右折した一方的過失によって発生したものと解するを相当とする。
四、被告会社が、当時加害車を自己のために運行の用に供する者であったことは当事者間に争いがない。そこで免責の抗弁について判断するに、本件交通事故の発生について加害車運転者今野に過失がなく、被害者金蔵に過失があったこと前示のとおりである。
そうすると、本件交通事故発生の状況に関する前示認定によると、被告会社の過失の有無や、加害車の構造上の欠陥、機能の障害の有無は、何等因果関係を有しないこと明らかであるから、これらを論ずる迄もなく免責の抗弁は理由がある。よって被告会社も自賠法第三条の責任を負わないこととなる。
五、そうすると、爾余の点を判断する迄もなく、原告らの請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石藤太郎)
<以下省略>